Prime Minister Abe Shows Courageous Leadership in Pushing for Article 9 Amendment

Reflecting the postware Constitution of Japan, the Self-Defense Forces of Japan help the people of Japan in times of pandemics and natural disaster, but they are not an armed force with the power to deter outside threats.

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ロシアによるウクライナ侵略で大勢の人々の血が流れている最中に、現憲法は施行75年の節目を迎えた。

 

4分の3世紀を経て、改めてはっきりした点がある。それは、次に示す憲法前文の有名なくだりが空論に過ぎないということだ。

 

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 

平和を守らず、公正と信義を顧みない国が存在している。このどうしようもない現実に、どのように対処していくかを、現憲法は語っていない。欠陥憲法と呼ばれるゆえんである。

 

日本国憲法

 

前文は空論に過ぎない

 

国連安全保障理事会の常任理事国として国際社会の平和に責任を持つべきロシアは、独立主権国家のウクライナに言いがかりをつけ攻め込み、殺戮(さつりく)を続けている。

 

ウクライナが日本の憲法前文のような決意を実践していたらロシアにあっという間に蹂躙(じゅうりん)され、併合、分割されるか、衛星国家にされただろう。降伏すれば無事にすむわけでは決してない。ウクライナの独立、自由と民主主義は失われる。キーウ周辺で起きたようなロシア軍による虐殺があっても抵抗する術(すべ)はもはやない。

 

だが、ウクライナ国民は日本の憲法前文が求めるような無責任かつ惰弱な対応を選ばなかった。祖国や故郷、愛する人々を守ろうと立ち上がり、欧米諸国や日本はそれを支援している。

 

戦後日本の平和を守ってきたのは、憲法前文やそれに連なる第9条ではなかった。力の信奉者で、国際法や外国の主権を尊重してこなかった中国や北朝鮮、旧ソ連・ロシアが、日本の9条を尊重するはずもない。

 

突き詰めれば、自衛隊と日米安全保障条約に基づく米軍の抑止力が平和を守ってきたといえる。

 

抑止力と対処力の整備が安全保障や外交力を裏打ちするが、憲法前文や9条を旗印とする陣営はそれを理解せず、現実的な安全保障政策の展開を妨げてきた。

 

前文や9条の改正は、憲法改正問題の一丁目一番地であるべきだ。「戦力の不保持」を定めた9条2項を削除し、軍の保持を認める本格改正が求められる。日本が世界の他の民主主義国と同様に、国と国民を守る軍を持ち、集団的自衛権を活用して仲間の国々と守り合うようになれば、日本を侵略しようとする国にとってのハードルは一層高くなる。

 

9条の改正は、安全保障政策への不当な妨げを阻むことにもつながる。

 

岸田文雄政権は、ミサイル攻撃などに対抗する「反撃能力」導入を検討中だ。中国や北朝鮮などのミサイルの性能向上は著しい。飛んでくるミサイルを迎撃するミサイル防衛だけでは守り切れなくなった事情がある。

 

岸田文雄首相がビデオメッセージを寄せた民間団体主催の憲法集会=5月3日午後、東京都千代田区(田中一世撮影)

 

改憲原案の策定着手を

 

これに対し、9条の精神に基づく専守防衛に触れるとして反撃能力反対論がある。国民よりも侵略国の軍を守るような奇妙な主張で、それを導く9条は罪深い。

 

自民党は、もともと決めていた9条2項改正を伴う国防軍保持の改憲案ではなく、憲法への「自衛隊明記」を目指している。

 

ウクライナ侵略や中朝などの軍拡を見れば、9条の本格改正にいたらない自衛隊明記には周回遅れの感があるのは否めない。

 

ただし、本格改正の前段階として自衛隊を明記する意義がないわけではない。国の大切な役割に国防があると明確にできる。学校教育を通じて抑止など防衛力の役割を伝え、日本の安全保障論議の質を底上げする利点がある。

 

最大野党の立憲民主党の幹部は「防御は最大の攻撃という言葉もある」という倒錯した発言までして反撃能力に反対した。安保論議の水準を高めれば、このようなおかしな意見は減るだろう。

 

改正すべきは9条だけではない。11年前の東日本大震災から議論が始まった緊急事態条項の創設は足踏みしたままだ。南海トラフや首都直下の大震災はいつ襲ってくるか分からない。地理的に近い台湾有事は日本有事に直結する。衆院選が実施できなかったり、国会や自治体が機能不全に陥る事態へ備える必要がある。

 

衆参両院の憲法審査会は蝸牛(かぎゅう)の歩みをやめ、憲法改正原案の策定に着手すべきだ。最大政党の党首として岸田首相は指導力を発揮しなければならない。

 

 

2022年5月3日付産経新聞【主張】を転載しています

 

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